あのこシークレット


「大丈夫ですか!」
掴まれた腕に引っ張られ、もつれて倒れそうだった私の体が持ち直す。
「あ、ありがとう……」
振り返ると、険しい顔をした少年が周囲を警戒するように辺りを見回していた。
「怪我はないですか?」
顔を少し緩めて、視線は私の足に向かう。よろけたことを心配してくれたらしい。
「だ、大丈夫、もつれただけだから」
「良かった」
首を振って答えると、少しだけぎこちない笑顔で頷かれた。
本当に安心したような声の優しさに、胸が苦しくなる。散り散りに逃げていく人達にどうにかついて行っていたこともあって、泣きそうだ。
今も下で何かが蠢いているみたいに地響きがしたり、植物のようなものが迫り上がってくるのが見えて、唾を飲む。
「あちらにカルネさんがいます!急いで避難してください!」
彼が指差した方向を見ると、逃げて行く人たちの後ろ姿が見える。
「君は……!?」
彼の声に押されるように走り出そうとした私は足を止めて、彼を見た。
何度見てもただの少年で、私より少しだけ小さいから多分きっと年下なんじゃないのかな。
そばには強そうな緑のポケモンもいる。ポケモントレーナーだ。
「僕はまだ、他に逃げ遅れた人がいないか見て回ります。早く行ってください!」
そう言って足早に走っていく背中を、立ち止まって3秒。
踵を返してモンスターボールに手を伸ばす。
「行こうニャオニクス」
出てきてくれたニャオニクスに声を掛ける。
いつも通りの鳴き声が頼もしい。逃げようとしていた足を前に向けて、彼を追うように走った。
「私も手伝うよ!」
「ありがとうございます!」
ニャオニクスのサイコパワーで、人の思念を探したり、人や物を運んだり、名前も知らない男の子と街を駆ける。
人を守ることについて右に出るものはいないニャオニクスのサイコパワーは、現れた植物群をどんどん弾いていく。
夢中で避難作業をしていたせいで、落ち着いた頃には彼の姿を見失っていた。
「……誰だったんだろう」
復興ムードのミアレシティの中で、私はむすっとしながら瓦礫の撤去作業に参加していた。
先日邪魔にならないようにまとめた瓦礫の山が、逆に私に牙を剥いてくる。
元々参加する気はあったけど、彼が参加してないかなっていう下心が混じっていたものだから、なんとなくハズレ感が否めない。
渋い顔をしてるだろう私を見上げて、やれやれとポーズをとるニャオニクスに視線を送る。
「ニャオニクスさん、どうにか探したりできませんか……」
プイッとそっぽ向かれた。そうだよね、疲れたよね、連日働き通しだもんね。
「今日終わったら、美味しいもの食べようね」
カバーが被ってる建物やガードのついたところも多いけど、今日にはもうプリズムタワーも明かりが点くらしい。
点灯式の時間がジムリーダーから周辺の地区にお知らせされたらしい。ミアレのシンボルが戻ってきたら、街もまた活気付いてくるだろう。
「大丈夫ですか!」という彼の声がまだ耳に残っている。
非常時に、見知らぬ他人にあんなに真っ直ぐ心配されるとは思ってもなくて、心細かった自分を救ってもらったような気持ちになった。だから一言でもいいから、お礼が言いたかったのに。
あんな人だから、きっとボランティアにも参加してそうだと思っていたんだけど、どのボランティアでも影も形も見当たらない。ジュカインという彼のポケモンは強そうだったし、力仕事系に参加してると思ったけど……。
自分のストーカーじみた発想にうんざりしながら、ポケモンセンターの方に戻る。
ポケモンセンターでも顔を見ないところを見ると、地元の人かと思っていたけど。ポケモントレーナーならもう旅に出てしまったのかもしれない。
「あの、すみません」
沈んだ気持ちでふらふらと食堂の方に歩いていると、突然首が反対に引っ張られる。
慣れた感覚にニャオニクスのサイコパワーだなと冷静に分析しながら、尻餅をつく覚悟をする。
うじうじとぼやく私がよっぽどうざかったのか、強硬手段に出られたのかもしれないと数秒後の衝撃に備えて目を閉じていると、腕をぐいっと引かれた。
「大丈夫ですか!」
よろめいた体が巻き戻るように立ち直ったことより、何より、私の目の前の人物に私は目を見開いた。

あの時と同じように私の腕を掴んだ彼がそこにいた。
「あ」
一歩、後ずさって、ほっぺたをつねるか迷ったけど、それよりあらぬ方向に曲げられた首が痛いから多分現実だ。
ニャオニクスに助けを求めて、視線を送ると、いつものジト目で返される。
「……、ありがとう」
「いえ、転ばなくてよかったです」
リノリウムの床は確かに、尻餅をつくと痛いだろうな。じゃなくて!
「ごめんなさい!私に声かけてました!?」
「いえ、あ、はい!」
「ニャオニクスもありがとう、教えてくれて」
猛スピードでニャースを被った私に、彼はにこっと笑う。あ、こんなふうに笑うんだ。
「ニャオニクスと仲がいいんですね、あの時は素晴らしい活躍でした!」
「あ……覚えててくれたんですね」
「もちろん!あの時は手伝ってくださり、ありがとうございました。お礼が言いたいと思っていたんです」
さらりとそんなことを言う彼に、きゅっと胸が鳴る。
誰のためでもない行為にお礼を言う彼の姿が、格好いい。
「私の方こそ、あの日、いろんなことが起こってて一人だったから心細かったけど、あなたが、声かけてくれてすごく……!」
「えっと」
「あっ、ごめんなさい!いきなりこんな……」
「いえ、そんなふうに言ってもらえると思っていなかったので……あの時は夢中だったのであなたの役に立てたのなら嬉しいです」
ここ数日ずっと反芻していた声がそう返してくれたことにまた泣きそうになる私に、少しあたふたと慌てる彼。
恩人に気を遣わせるわけにはいかないと、私は自分に喝を入れるように首を振ってさっきの笑顔を返すように笑って答える。
「本当にありがとう、私はポケモントレーナーのなまえ」
「そういえばお互い名前を名乗ってませんでしたね、僕はショータです」

ショータくんが言うには、今日までずっとホウエンのチャンピオンと今回の騒ぎの調査をしていて、ポケモンセンターに戻っていなかったらしい……なんて?

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